コインが海兵隊の継承と歴史を伝達




【キャンプ・ハンセン海兵隊のチャレンジ・コインは、部隊の記章と指揮官の役職名が浮き彫り加工された鋳造軍隊コインで、隊員の士気を高め、貢献を称えるためにしばしば指揮官から隊員に与えられるもの。

海兵隊総司令官、ジェームス・T・コンウェイ大将と海兵隊特級曹長、カールトン・W・ケント特級曹長の二日間の沖縄滞在で、様々な部隊の優れた職務功績が評価された隊員にチャレンジ・コインが贈られた。

「偉業の素晴らしい印」だと第35戦闘兵站連隊、供給事務担当のリーナード・べノロガ上等兵は説明した。

他の多くの隊員と同様にべノロガ上等兵は総司令官からチャレンジ・コインをもらった。

「大変な名誉」だと第35戦闘兵站連隊、海兵隊総合整備管理システム担当のジル・アルレッド伍長は語った。「最高の物をもらうのは、非常に素晴らしいです。」

この伝統の由来の特定された時期や場所をたどることはできないが、チャレンジ・コインの伝統の由来にはいくつかの説かあり、第一次世界大戦に遡るものもある。

「マリンコー・ニュース」が出版した2005年の記事、「チャレンジ・コインの歴史」による一つの説は、第一次世界大戦中、アメリカの飛行中隊の隊員らが 部隊の記章が浮き彫り加工された部隊のメダルを受け取り、同部隊のパイロットの一人が、そのメダルを首の周りに掛けるレザー・ポーチの中に入れていた。

飛行任務中に彼の航空機はドイツ部隊に撃ち落とされ、彼は捕虜となり、逃亡を阻止するために、ドイツ人は彼の身分証明書を奪った。

戦争捕虜キャンプへ向かう途中、パイロットは何とか逃げ出し、ドイツ軍に捕まることを逃れるために、民間人の服に着替えた。

後にパイロットは、かねて民間人の服を着たドイツ兵士に気をつけるよう忠告されていたフランス部隊に発見された。自分の身分を証明できずに、パイロットは絶対絶命の危機に直面していたが、部隊のメダルの記章がアメリカの飛行中隊のものだと認識され、彼は命拾いした。

アメリカ人パイロットを処刑する代わりに、彼らはワインボトルを与えた。パイロットの話を聞いた後、隊員らはメダルを携行するようになり、挑まれたた時、メダルを所持していない方が挑戦者に一杯おごらなければならない。

他の説は、http://www.globalsecurity.orgによると、チャレンジ・コインの伝統は、ベトナム戦争中に始まったというもの。自由時間の隊員らはバーに飲みに行くことを含め、様々な活動にふけていた。

彼らは銃弾クラブと呼ばれるものを結成した。最前線の隊員らは多くの場合、敵に捕らわれることを避けるため、自分自身で使用するための別の銃弾を携帯していた。

バ-では、多くの場合、隊員らは誰が余分に銃弾を携帯しているか互いに挑んだ。

銃弾を出すことができなかった人が、その晩の飲み代を持つ。挑まれた人が銃弾を出すことができたら、挑戦者がバーのつけを払う。

男らしさの印として、大砲や迫撃砲の軍需品など、隊員らはより大きな口径銃弾をバーに持ち込むようになった。大砲の事故による発砲を防ぐために、銃弾は部隊の記章が入ったコインに取って替わった。

今日では、コインを用いて互いにチャレンジし合う伝統は、多くの海兵隊員によく知られているが、一般的に経験するものではない。

第12海兵隊、第3大隊、本部大隊指揮官のエドワード・マックドナウ大尉にとって、コインには、センチメンタルな異なる価値がある。彼のコレクションは、かつての部隊や友人を思い起こすもの。

「自分の周りに居る海兵隊員、そして共に仕えた人たちを思い起こすんです」とマックドナウ大尉は言及した。

http://www.kanji.okinawa.usmc.mil/