通信担当将校が「強い心」として記憶に残される




【キャンプ・キンザー愛する国に仕えて命を落とした戦友を追悼するために、キンザー・チャペルに100名近くの僚友が集った。ワシントン州ボセル出身のニコラス・A・マドラゾ中尉は、アフガニスタン、パーワンで、9月9日に戦死したマドラゾ中尉は25歳だった。この追悼式で、彼は前途有望な若い指導者、模範的な人、友、息子、兄弟、甥として記憶されている。

マドラゾ中尉は、誠実で思いやりがあり、自国に仕えるために誇りを持って志願する人だと、何人かのスピーカーが彼のことをそう説明した。「彼と共に仕える事ができて、私たちは幸運です。彼は温かい微笑、思いやりのある態度、そして他人に対する気遣いで知られていた」とCLR37司令官のトーマス・ゴリー大佐は説明した。

マドラゾ中尉の人柄を賞賛したもう一人の人は、第3海兵遠征軍副司令官の副官で、マドラゾ中尉の個人的な長年の友であるジェームス・ガラガー中尉だった。小柄な体格にも関わらず、ジムでかなり重いウエイトを持ち上げることができたので、ガラガー中尉は、彼の良き友のことを「身体鍛錬バカ」だと記憶に留めている。

「でも、どれだけ彼が強かったとしても、彼の心は、彼の最も強い一面でした」とガラガー中尉は言及した。

マドラゾ中尉は、彼のその熱心さも記憶に留められている。「海兵隊員として、私たちは、告げられてところはどこへでも行くことを知っています。しかし、彼は、私が行きます。私がします。私を送ってください。という態度でした」とガラガー中尉。

「この悲劇は、私たちに二つのことを思い起こさせてくれます。私たちが暮らす世界は、危険の多い場所であり、危険や不確実さに満ちていることです。また、 この世界には、崇高な理由のために崇高なことをする人たちがまだ存在することを私に思い起こさせてくれました」とガラガー中尉は話した。

マドラゾ中尉は、2005年5月に少尉に任命され、2007年7年に第3海兵遠征軍、第3海兵兵站連隊、第37戦闘兵站連隊に配属された。同連隊の通信担当将校として勤めた後、アフガニスタン国軍部隊動向訓練チーム1-10のメンバーとして勤務することを志願した。

マドラゾ中尉は、水曜日にアーリントン国立墓地で埋葬される予定。「彼は、私たちが見習う基準を残しました。彼が残したものは引き継がれ、決して忘れられることはありません」とゴリー大佐は締めくくった。

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