戦闘衛生兵がアフガニスタン兵士を訓練




【キャンプ・フォスター】 第3海兵隊遠征軍第1海兵航空団第17海兵航空支援郡の衛生兵、ザッカリー・S・ハモンズ三等兵曹は、常々アフガニスタンに派遣されたいと思っていたが、2009年4月に地域部隊諮問部隊3-7(RCAS3-7)が形成されると、それが彼にとって極めて稀な機会を与えた。

23歳になるオクラホマ州アルタス出身のハモンズ三等兵曹は、4年半前に海軍に入隊して以来、アフガニスタンへの派遣を試みたが、今回が初めてのチャンスとなった。

「チームが結成されると聞いた時、自分自身もやっとアフガニスタンにいけると思って急いで連絡した。主要目的はアフガニスタンに行くことだったが、部隊同行訓練チーム(ETT)には、派遣している他のチームとは異なる目標があることは承知していた」とハモンズ三等兵曹は語った。

「これは通常の派遣ではなく、自分たちで志願するか、指揮部隊が任務に相応しいと思う誰かを送り込むんだ。今回送り込まれた隊員たちは、全体的に非常に優れている」とRCAS3-7参謀長のジェフ・トラッパ中佐は説明した。ハモンズ三等兵曹は、4月20日に最初の派遣先からETTと共に帰還してきた。

ETTは何ヶ月間かアフガニスタンの同胞と共に暮らし、連携して国家警察や国家軍と共に行なう軍事面における任務を専門的に実施する方法の助言や指導を行なった。ETTの一環として、ハモンズ三等兵曹は、日本やハワイ、カリフォルニアなどの異なる部隊の多くの海兵隊員たちと共に同行した。

沖縄やカリフォルニア州ブリッジポートの海兵隊山岳戦闘訓練センターの事前派遣訓練中に、ハモンズ三等兵曹や他の衛生兵たちは通信や武器システム、巡回を含む海兵隊の関連業務スキルを学んだ。

また海兵隊員たちも同様のことを行い、ハモンズ三等兵曹やチームの他の衛生兵の戦闘救命インストラクターたちから医療訓練を受けた。三ヶ月後に、ハモンズ三等兵曹はアフガニスタンのワーダック地方で、アフガニスタン国軍と米陸軍と共に連携していた。

「私の仕事は、医療的な側面と共にそこにいる医者や衛生兵たちに助言することだった」とハモンズ三等兵曹は話した。

彼は、衛生兵のために医療用品システムや訓練展開の設定や往診の手順を手伝った。「戦闘救命訓練は(アフガニスタンの)医療関係者や彼らの医療機能にとって大きな一歩だった。私たちが指導した衛生兵たちは、自国のより良い兵士となることを学ぶことに意欲的だった」と彼は語った。

医療分野の支援を行っていない時は、他の方法でチームを支援したとハモンズ三等兵曹は説明し、「ETTの一員でなので、正確な日付は覚えていないが、全員の仕事をこなさなければいけなっかた」と話した。

他の部隊同様にハモンズ三等兵曹の部隊も米陸軍と調整して、アフガニスタン国軍と共に頻繁に巡回の練習を行なった。米軍兵士たちは、その地域にいた海兵隊員のETTが立ち去る際に、その後任となる予定だった。

「文化が全く異なるので、最大の課題の1つは、アフガニスタン人と連携することだった」とトラッパ中佐は話し、アフガニスタンの人々は異なる民族と部族から成る集団だと言い添えた。「私たち全員が、自分たちの軍事専門職以外の事をする機会は独特の経験だった。困難なときもあったが、軍隊として改善されているのが窺えたので、最終的には良かった」と中佐は言及した。

彼らは互いに近所で生活をしていて、一緒に食事やスポーツ、巡回なども行なうので、もちろん互いに親しくなっていったと中佐は述べた。そこでの勤務中に、ハモンズ三等兵曹は何人かのアフガニスタン国軍の兵士や通訳と仲良くなった。

「そこでは、私たちの仲間が命を落とし、また通訳の一人を含むアフガニスタン国軍の友人も亡くした。亡くなった一人の通訳は、そこに到着した時に最初に会った一人だったので、すぐに知り合いになった」とハモンズ三等兵曹は語り、「軍隊の一員として、アフガニスタンに行くことは、自分がやるべきことだと常に感じていた。それでこの派遣は、私にとって当然充実したものだった」と話した。

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