演習で即応体制と機能を示す
【韓国】 第3海兵遠征軍(IIIMEF)第1海兵航空団(1stMAW)の約300名の海兵隊員と 海軍兵が、米韓同盟の決断、機能、相互運用、そして地域の安全に対する米国の深い関与を示すために、7月25日から28日にかけて日本海で行なわれた即応 体制演習「インビンシブル・スピリット」に参加した。
IIIMEFの幹部らは、海兵隊部隊を遠征地に素早く派兵させる専門知識を磨くために、1stMAWの本質的な資産を沖縄や日本本土の前方駐留基地から朝 鮮半島に移動することを決断したとIIIMEF、1stMAW、G-3参謀長補佐のジョン・M・ジャンセン大佐は話す。
1stMAWの海兵隊員や海軍兵たちは、「インビンシブル・スピリット」を支援するために、8日間で韓国への派遣の計画や執行を行なった。通常なら、同様の演習を計画し、実施するためには数日間ではなく、何ヶ月間もの期間を要するとジャンセン大佐は話す。
海兵航空団がカンボジアで飛行支援
【カンボジア】 7月17日と18日の両日、100名以上もの海兵隊員や米陸軍、そしてカンボジア王国軍の隊員たちが、「アンコール歩哨友好パラシュート・ジャンプ作戦」に参加した。第3海兵遠征軍(IIIMEF)第1海兵航空団(1stMAW)第36海兵航空郡(MAG-36 )第152空中給油輸送中隊(VMGR-152)の海兵隊員たちが、降下地域に部隊を輸送するために用いたKC-130Jで飛行支援を行った。
VMGR-152の武器・戦術インストラクター、ベン・グラント大尉は、この演習における任務を「アメリカとカンボジアの多大な努力の関係のわずかな一部だった」と話す。
グラント大尉と部下の海兵隊員たちは、米陸軍ジャンプ・マスターや整備工、装備などをKC-130Jヘラクレスで輸送し、その航空機は後に降下の際にも用いられた。このような軍事行動に同中隊が参加することは、1stMAWの高レベルの即応体制に貢献することになる。
クルサダーシン少将が別れの挨拶
【キャンプ・フォスター】 7月23日午後6時の司令官交代式で、在沖海兵隊バトラー基地司令官のメリーアン・クルサダーシン少将が、ピーター・J・タレリ少将に指揮を譲渡した。1975年8月に少尉として海兵隊に入隊したクルサダーシン少将は、退役することを楽しみにしている。
「今回が私たち家族の最後の引越しとなり、定住できると思うのでワクワクしている」とクルサダーシン少将は自身や家族について語った。
「私たち全員が、ある時点で軍服を脱がなければいけない」と少将は付け加え、「心の中では、私たちはずっと海兵隊員。私たちは、『一生海兵隊員』だと言ってのける軍隊で、本当にそう思っている。海兵隊とのつながりは、常にそこにある」と話した。
海兵遠征軍音楽隊がコンサートで天空に到達
【沖縄県宜野湾市】 海楽譜の第一節が聞こえると、音楽が表現する思いを伝えるために背景には、イル ミネーションが施された。これは、沖縄コンベンションセンターで6月 26日に開催された第3海兵遠征軍(IIIMEF)音楽隊のコンサートでの光景だった。このコンサートのテーマは、「天国のメロ ディー」や「月光」など様々な宇宙のセレクションを特集した「天空の音楽」だった。
「私たちの音楽でリスナーは創造力を発揮し、私たちのテーマが提案する天空からのインスピレーションを得たと思う」とIIIMEF音楽隊トランペット班長 のジョセフ・フォスター伍長は語り、「これらの音楽を歌いながら観衆にはコンサートを後にして、これからもメロディーを口ずさんでくれたらいいな」と話し た。
「私たちが演奏する音楽は感情を高め、観衆に楽しい時を反映してもらえる」と同音楽隊のバスーン奏者、ウイリアム・ネルソン三等軍曹は言い添えた。同音楽隊が、それぞれの選曲を演奏すると、背景にイルミネーションを施した多種多様のイラストレーションが観衆を魅了した。
衛生兵の勇敢な行為が命を救う
【キャンプ・ハンセン】 海軍の家族として育ったエンジェル・ギルバート3等兵曹は、自身も海軍で勤 務する可能性が高いと常々思っていた。彼が予測していなかったのは、入隊して2年後に何百キロも離れた海で英雄行為を行なって表彰を受けることだった。第3海兵遠征軍(IIIMEF)第3海兵遠征軍本部郡(IIIMHG)第7通信大隊の衛生兵、ギルバート3等兵曹は、昨年「限りなき自由作戦」の支援の派 遣中に行なった英雄行為で6月24日に表彰された。
「部下の海兵隊員たちに行なった彼の貢献とプロ意識は、常に彼の周りの衛生兵たちに刺激を与えていた」と第7通信大隊の衛生兵、ジョシュア・マッククロー 2等兵曹は話した。
両親共海軍に務めていたので、ギルバート3等兵曹は自分もその一角の人間になると野心を持って大きくなり、それをひそかに確信していたと本人は話した。
整備士たちが困難な高機動多目的装輪車コースに挑む
【キャンプ・シュワブ】 第3海兵遠征軍第1海兵航空団第17海兵航空支援郡第172海兵航空支援中 隊車両輸送中隊の14名の車両輸送整備士たちが、この程、キャンプ・シュワブの演習場で、上級車両輸送オペレーターのコースに参加した。
このコースの目的は、海兵隊員たちに克服して もらう実際のシナリオを与え、自分自身や自分の車両に自信を持ってもらうことだと第1海兵航空団の使用許可担当官のキャンダス・J・バージェス2等軍曹は 語った。
基礎車両操作訓練を実践するために、整備士た ちは複数の障害物を横切ったり、通り抜けたりする任務を負った。乗り越えなければならない最初の障害物は、海兵隊員たちが高機動多目的装輪車(ハンビー) の車台にぶつかることなく、4つのコンクリートのブロックの上を運転することだった。次のチャレンジは、「蛇紋石」と呼ばれるもので、生徒達は30度の角 度のコンクリートの斜面を安全運転して、それからコンクリートの丘を上らなければならなかった。
海兵隊空中給油輸送中隊がカンボジアに救援物資を配達
【カンボジア】 6月16日、太平洋地域パートナーシップ2010医療民事活動プロジェクトを支援す るために、第152海兵空中燃料輸送中隊(VMGR-152)の8名の隊員が医療チームと物資をカンボジアのラタナキリに輸送した。
チームが行なう12日間の民事活動プロジェク トのために、同中隊は18名の医療隊員と医療・歯科用品、検眼、薬剤品などを輸送したと米太平洋艦隊第7艦隊米太平洋指揮PP-10チーム副指揮官のジョ ン・ディスチェット海軍大尉は言及した。
VMGR-152は、米海軍艦マーシーに乗船してシアヌークビル国際空港からラタナキリまで旅した「チーム・マーシー」とニックネームがついた医療チーム の輸送を行なった。他のチームは、より小さな船でパラオやパプアニューギニアへと輸送されるとディスチェット大尉は付け加えた。
海兵隊員と家族が相撲大会で砂の上を力強く進む
【沖縄県名護市辺野古】 キャンプ・シュワブの海兵隊員たちが家族と共に、6月12日に開催された辺 野古区恒例の沖縄相撲大会を観戦し、取組みに出場した。辺野古区青年会のメンバーらと共に5名の海兵 隊員たちが友好相撲に参加し、家族のメンバー2人も子供相撲に出場した。
9歳のオリバー・スペンサー君と兄で13歳の クレイトン君が子供相撲に出場し、今年で二度目の大会出場となると2人の父親である海兵隊バトラー基地、訓練作戦部未来作戦担当官のオリバー・スペンサー 中佐は話し、「(2人とも)この日を楽しみにしていた」と語った。オリバー君とクレイトン君の2人とも最初の取 組みには勝ったが、2戦目の年齢別の決勝戦で敗退した。
子供相撲の後に友好相撲が行なわれ、5名の海 兵隊員と5名の辺野古青年会のメンバーが対決した。程度の差はあれ、海兵隊員全員は全敗した。中 には身体を持ち上げられ、土俵の砂に投げつけられる者もいた。
第3海兵遠征軍第3師団第3偵察隊野戦無線オ ペレーターのトラバス・プルット1等兵は、海兵隊員全員の中で一番最後まで粘っていた。プルット1等兵は相撲の取組みを行なうつもり でこの大会に来た訳ではなかったが、アナウンスを聞いて、その機会に飛びついた。
最後の戦場で沖縄戦を追悼
【沖縄県糸満市】 6月23日に糸満市で開催された「2010年沖縄全戦没者追悼式」に出席するため に、糸満市の平和記念公園には5,000名以上が集い、粛々とした、もの悲しい雰囲気が漂っていた。この式典は、第2次世界大戦の激戦地の1つだった沖縄戦終結65周年を象徴した。
平和記念公園は沖縄県本島南部にある沖縄戦終 焉地として記録され、戦争で尊い命を落とした20万人以上の日本人、アメリカ人、韓国人、台湾人、英国軍人、そして民間人を追悼するためのもの。
戦没者の弔問に訪れる人たちは、戦時中に尊い 犠牲を払った24万931名の名前が刻印された平和の礎に花や千羽鶴、食べ物や飲料水を捧げた。菅直人首相も参列した大規模な追悼式には、慰霊の日の演説、平和宣言、戦没者を追悼した献花、平和の詩の朗読、追悼メッセージなどが含まれた。
海兵隊員の将来が一瞬で変わる
【キャンプ・ハンセン】 それはドイル2等軍曹がアフガニスタンへの2度目の遠征中、2008年3月 20日に彼の人生を永遠に変える出来事が一瞬に起こった。
「チームと一緒に爆発物を捜索していると、私 の探知機が何かを探知した」とドイル2等軍曹は話した。そして次の瞬間、かすかな地面の揺れで、何が 起こったのかはっきり分からなかった。
気がついてみると、爆風がドイル2等軍曹の身 体全体に反響し、彼の膝や大腿部に破片が突き刺さり、鼓膜が破裂し、小指が剥ぎ取られていた。
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