ハーリー競漕でシュワブ海兵隊が海へ
【沖縄県名護市辺野古】 6月6日、キャンプ・シュワブの海兵隊員たち、そしてホワイト・ビーチの海 軍兵とその配偶者たちが松田浜海岸で開催されたハーリー競漕に参加した。この100年に渡るイベントに、隊員たちは1973年以来参加している。ハーリー競漕は、毎年キャンプ・シュワブの隊員たちが参加を呼び掛けられている恒例のスポーツ・デーや沖縄相撲大会などのいくつかのイベントの内の1つ。
辺野古区11班として認められているキャンプ・シュワブには4つのチームがある。1つのチームは、第4海兵連隊の海兵隊員で構成され、残りの3つは戦闘強 襲大隊の海兵隊員で構成されている。双方の部隊は第3海兵遠征軍(IIIMEF)第3海兵師団(3rdMarDiv)に属する部隊。ホワイトビーチ海軍施設の3チームの内の1チームは海軍兵だけで構成され、残りの2チームは米兵の妻たちで構成される。
正午に開始して午後3時に決勝戦が行なわれた レースに、海兵隊員たちは家族と共に参加した。辺野古のその他の10班は、村一番になる名誉と賞金のために競い合ったとCAB本部役務中隊の中隊先任曹長のティム・ヘンシャウ先任曹長は語った。
HMM-262が航空機消火活動を学ぶ
【海兵隊普天間航空基地】 6月14日にフロリダ州ペンサコラの海軍航空機技術訓練のインストラク ターたちが沖縄を訪問し、第262海兵中型ヘリ中隊(HMM-262)の海兵隊員たちに基本的な飛行機の操縦室消火活動訓練を行なった。
「海兵隊員たちが備えて派遣できるように、基本的な消火活動を訓練するためにここに来ているんです。人命救助を支援するために私たちはこの訓練を行なって います」と船上・航空機消火活動コース監督官のジェームス・フィルモア上級兵曹は話した。このコースの目的は、指定された船舶に航空配属している将校や下士官に消火活動の指示を与えること。
このコースでは、個人用防護具を着用した訓練 や操縦室、格納庫器材のシステム、手順、消火活動のテクニック、模擬の野外火災演習などが含まれる。このカリキュラムには火災の科学的物質や分類、ホース の扱い方、船舶を熟知することなどが含まれたとフィルモア上級兵曹は述べた。
第1海兵航空団司令官が離任に備える
【キャンプ・フォスター】 6月28日に執り行なわれる司令官交代式で、第3海兵遠征軍 (IIIMEF)第1海兵航空団(1st MAW)司令官のレイモンド・C・フォックス少将が、米海兵隊本部政策作戦部戦略計画化の元指揮官、ウイリアム・D・ベイドラー准将に指揮権を譲渡する。
2008年7月に1stMAWの指揮を執ったフォックス少将は、バージニア州クアンティコにある教育指揮司令官としての次の任務を楽しみにしている。クアンティコで勤務する間、フォックス少将は、事前派遣訓練の微調整を継続し、大規模な訓練演習の計画、また現在行なわれている戦いが終了した後、訓練と訓練の間の中断時間を減少するために継続して実施訓練を行なうことなどを計画している。
「ここ(沖縄)での最高の思い出のいくつかは、在韓米軍司令官のウォルター・シャープ陸軍大将とその他13名の将官が訪問した際に、韓国に戦術航空指揮センターを設置し、第1海兵航空支援中隊171がフィリピンで人道的支援を行っているのを見守れたことだ」とフォックス少将は話した。
在日米軍の環境問題専門家たちが将来のより良い環境を考慮
【キャンプ・フォスター】 5月26日から28日に掛け、キャンプ・フォスターの複合施設、オーシャン・ブリーズで開催された2010合同環境会議で、「より良い環境構想」について話し合うために、日本政府の職員らと米軍人や国防総省の職員たちが会合を開いた。このイベントには、環境省、防衛省、外務省を含む90名以上もの参加者が出席した。
意見を交換し、特に最近では全てが環境保全に関わることなので、何を行なっているかを尋ねる機会を得る会議は大切だと海兵隊バトラー基地環境・エネルギー担当官のジョセフ・ボーゲル氏は説明した。
この会議は、在日米軍が主催する日本本土や、在日海兵隊基地が主催する沖縄と毎年場所を変えて、通常5月から7月の間に年一度開催されると海兵隊バトラー基地環境訓練の支援課監督者のリー・B・スミス氏は話した。
海兵隊員たちが矢臼別で実弾射撃訓練を実施
【北海道矢臼別演習場】 こもった大きな轟音が朝の静けさを破り、痛烈な臭いが辺りに充満している。海兵隊員が配置した榴弾砲から次々に弾頭が遠隔ターゲットへと飛び出していった。そして自分たちが「太平洋地域の戦士」であることを敵に告げる。
第3海兵遠征軍第3海兵師団第12海兵連隊第3大隊、及び第31海兵遠征部隊第11海兵連隊第3大隊カイロ砲兵隊増補の400名以上もの海兵隊員たちが、矢臼別演習場で実弾射撃移転訓練を実施した。この2個砲兵隊と1個本部砲兵隊は、10日間に渡るM777 155ミリ榴弾砲の実弾射撃訓練を無事に終了した。
「私たちがここ矢臼別にいるのは、軍事専門職の技能をサポートする砲兵任務を行なうためであり、訓練されていない海兵隊員は戦闘でしくじる」とカイロ砲兵隊のリチャード・エストラダ先任曹長は話した。
B中隊が英雄の祝賀と共に帰還
【キャンプ・シュワブ】 6月13日に7ヶ月のアフガニスタン派遣を終え、第3海兵遠征軍第3海兵師団第3偵察大隊B中隊の126名の海兵隊員や海軍兵が家族や友人の元へ帰還した。
その日朝早くに、彼らは第3海兵師団本部大隊の39名と共に嘉手納基地に航空機で到着し、大隊の39名は歓迎会のためキャンプ・コートニーへと移送された。
地位協定属下の運転するオートバイの車列にエスコートされた海兵隊員たちの帰還に立ち会うために、早い時間からキャンプ・シュワブのビーチヘッドの駐車場には60名以上もの家族や友人たちが到着していた。
アフガニスタンで初心に戻る
【アフガニスタン】 アフガニスタンの山岳は沖縄北部の密生したジャングルはとは全く異なるが、7ヶ月間のアフガニスタン派遣中にジョシュア・マセス三等軍曹はその違いに慣れた。ジャングル戦闘訓練センターのチーフ・インストラクターを務めるマセス三等軍曹は、2008年の終わり頃にアフガニスタン派遣に志願した。
2007年にイラク警察の訓練を支援していたので、部隊同行訓練チームの一員として待ち構えていることを理解していた。他の戦闘派遣の経験を積むことに意欲的だったので、その機会に「依頼があれば、行く」と応えた。現地に足を踏み入れると、自分が予想していたことと違うことに気づいた。
自分が慣れ親しんでいた小隊規模の構成部隊から、たった3名の部隊同行訓練チームで連携するのは興味深い経験だったとマセス三等軍曹は語った。
カンボジアの支援プログラムが大盛況のうちに終わる
【カンボジア】 5月下旬のカンボジア相互運用プログラム(CIP2010)の閉会式で、米軍関係者やカンボジア国軍が、コンボンチナン友好クリニック屋外に集合した。この任務の間、医者や衛生兵らは2万人以上のカンボジアの患者の治療を行い、昨年の総数1万2,333人を上回った。
「この地方で医者や軍人たち全員が行なってくれた素晴らしい取り組みに感心し、非常に誇りに思っている」と第3海兵遠征軍(IIIMEF)第3海兵兵站郡(3rdMLG)第35戦闘兵站連隊(CLR-35)司令官のジェームス・L・ルビノ大佐は話した。
コンボンチナン地方の主要な代表者たちが、その地域や地方長官を代表して、米軍人らがカンボジアの人たちに行なった支援やサービスに感謝した。
米家族らが辺野古スポーツ・デーに参加し良好な関係を育む
【沖縄県名護市辺野古】 5月23日に開催された第37回辺野古スポーツデーには、キャンプ・シュワブに駐留する部隊の海兵隊員たちとその家族が、沖縄県名護市辺野古の競技場に出向き、地元の人達に完敗した。
辺野古区第11班であるキャンプ・シュワブは、1973年に開始されて以来ずっと例年のイベントに参加し、スポーツ・デーの冒頭の挨拶によると、それは「基地と辺野古区の緊密で良好な関係によるもの。」スポーツ・デーは日本の慣習で、アメリカの競技会と同様のもの。この場合は、辺野古区間で友好的な競技を構築する一方で、「皆に楽しんでもらうことを目的としている」と訳文には記載されている。
「私たちは区の一員なので、ここではより尊重されているように感じる」と第3海兵遠征軍第3海兵兵站郡第35戦闘兵站連隊第3物資大隊弾薬中隊の弾薬技術者、ニア・S・ハー上等兵は話し、海兵隊員たちが勤務外の自由時間に出掛ける時には、地元のレストランや経営者たちと強力な関係を進展していると語った。
難民だった海兵隊員が医療プロジェクト支援で故郷を訪問
【カンボジア】 パリマ・インさんがカンボジア、バタンバンの家から連れ出され、抑圧された生活を強いられたのは、彼が幼い時のことだった。35年後の今日、インさんは海兵隊の大尉で、やっと故郷に戻って自分が生まれた国の人々を援助する機会を得た。
カンボジアを援助する例年の合同軍医療歯科市民活動を行なうカンボジア相互運用プログラム2010(CIP2010)の支援のために、第3海兵遠征軍(IIIMEF)第3海兵兵站郡(3rd MLG)第35戦闘兵站郡(CLG-35)第3医療大隊の隊員たちと共に(母国を)訪れ、イン大尉は通訳や隊員たちのガイドとして貢献した。
「イン大尉は、この任務になくてはならない存在。彼はカンボジアの軍隊と緊密に連携して、地元の人たちと非常に親密な関係を築き、大衆とコミュニケーションを図ることで群衆整理に一役買った。彼なしでは、この任務を円滑に行なえなかった」と第3医療大隊先導兵曹のケビン・フォスター1等兵曹は話した。













