海兵遠征部隊が香港の学校で工夫を凝らす
【香港】 第3海兵遠征軍第31海兵遠征部隊の18名の海兵隊員と海軍兵たちが、11月下旬に香港のマータウチャン保育園で子供たちを支援するための1日を過ごした。隊員たちは、アジア太平洋地域を展開中に空母エセックスで寄港した際に同校を訪れた。
「ここにいる子供たち全員にとって、今日は素晴らしい日です。私たち全員が一緒になって、米海兵隊の訪問者たちと楽しい時を過ごすせます」と同校のスノー・チェウン園長は話した。海兵隊員や海軍兵たちは、保育園で数時間過ごし、園児たちと共にゲームや手形、工作などの活動に参加した。
「私たちが地域社会のことを気に掛け、役に立 ちたいと思っていることを示す良い機会」だと第31海兵遠征部隊第7海兵連隊第1大隊大隊上陸C中隊ライフル銃兵のネイサン・カラシュ上等兵は語り、「子 供たちとゲームをしている時に、子供たちが叫んだり、走り回ったりしていたのが一番楽しかった。故郷の子供たちとなんら変わらず、子供は子供ですね」と話 した。
沖縄の人たちがアメリカ文化を体験
【沖縄県金武町】 沖縄の年配の人たちが席に案内されると、音楽や感謝祭のご馳走の香りが部屋中に漂っていた。第3海兵遠征軍第3海兵遠征軍本部郡第7通信大隊の海兵隊員と海軍兵たちが、光が丘特別養護老人ホームの入居者のために毎年恒例の感謝祭の祝宴を11月19日に催した。
「私たちは月に1、2回は地域渉外活動を行い、月に一回はこの老人ホームにやって来て、敷地の整備を行なっているんです」と第7通信大隊従軍牧師のアルフレッド・V・ぺナ少佐は言及した。この訪問で、光が丘特別養護老人ホームの入居者たちには、アメリカ式の感謝祭の食事を楽しむ機会が与えられた。
「この祝宴は私たちが日本人の皆さんとアメリカ文化をほんの少し共有する良い方法です。日本の受入国の人たちと食事を共にして、感謝祭の意味を共有することができるのは素晴らしいことです」と第7通信大隊指揮官のカルロス・アルビナ中佐は話した。
海兵隊がおもちゃの寄付を呼びかける
【沖縄】 「トイズ・フォー・トッズ」に最初に寄付されたおもちゃは1947年にロサンゼルスで収集された手作りの人形で、その年に米国海兵隊予備役のビル・ヘンドリックス少佐は、クリスマスに先立つ数ヶ月前に5000個のおもちゃを集める収集活動を行う組織を創立した。
その翌年、海兵隊は正式にそのプログラムを採用して全国に拡大すると、米国海兵隊予備役トイズ・フォー・トッズプログラムと名づけた。今は亡き映画制作者のウォールト・ディズニー氏も協力して列車のロゴをデザインし、それは今日でも用いられている。
今日、トイズ・フォー・トッズプログラムでは新しく、包装されていないおもちゃをアメリカ国内や世界中の恵まれない子供たちの為に収集している。沖縄も世界中にある650箇所の地域のひとつで、おもちゃの収集や配布が行なわれている。
実弾射撃移転訓練が始まる
【宮城県仙台駐屯地】 11月18日から12月9日に掛けて実施される実弾射撃移転訓練のために、海 兵隊が王城寺原演習場に戻ってきた。第3海兵遠征軍第3海兵師団第12海兵連隊第3大隊の約240名の海兵隊員と海軍兵たちが、実弾射撃移転訓練プログラ ムの一環として、11月18日にここに到着した。
この訓練の目的は、砲兵大隊の運用上の即応体制を維持し、日米の安全保障をサポートするためで、海兵隊がこの射撃訓練場を使用するのは2006年以来のこと。
「この砲兵隊では4年前に王城寺原で訓練を実 施したが、ほとんどの海兵隊員や海軍兵が王城寺原を訪れるのは、今回が初めてのこと」だと第12海兵連隊第3大隊指揮官のリック・ミアガニー中佐は言及 し、「私たちは、ここの地形と天候がもたらす独自の訓練課題を心待ちにしています」と話した。
海兵隊員が連合軍のために橋を取り替える
【アフガニスタン】 第9工兵支援大隊橋梁小隊の海兵隊員たちが、この程アフガニスタン、マルジャ郊外で中規模の桁橋を取り替えるために夜通し作業を行なった。第3海兵遠征軍第3海兵兵站郡に所属する同大隊は、現在第1海兵遠征軍第1海兵兵站郡(前方展開)に配属されている。
海兵隊員たちは、取り付けられて1年以上になる4つの柱間の2階建ての中規模の桁橋を取り外し、アフガニスタン住民や軍隊が安全に渡れるように新しい橋と取り替えた。
以前の橋は軍用・民間車両による日常的な通行により損傷を受けていたので、地元の人たちやアフガニスタン及び北大西洋条約機構の隊員らの安全のために取り替えられたと橋梁小隊任務指揮官、キャメロン・ウォルフ中尉は話した。
海兵隊は235年間強固に存在し優秀さを持続
【キャンプ・フォスター】 「1775年11月10日、大陸会議の決議により海兵隊が設置された。そ の日以来、幾千人もの者が海兵隊員の名を名乗ってきた。彼等を追悼して、海兵隊員である我々は長く、輝かしい歴史の栄誉を思い起こし海兵隊の設立記念日を 祝うのは相応しいこと」だと海兵隊バトラー基地施設労務管理センター品質保証担当官のケビン・L・マーティン准尉は海兵隊設立記念公式メッセージを発表し た。
式典の副官を務めたマーティン准尉は、11月10日の第235回海兵隊設立記念日のケーキカット式典及びペイジェントで、第13代海兵隊総司令官、ジョン・A・レジューン少将に敬意を表し、これらの言葉を述べた。
「これまで軍務に就いてきた人たち、現在軍務に就いている人たち、そしてこれから軍務に就くであろう若い海兵隊員たち全員に盛大な拍手喝さいを送ります」と海兵隊バトラー基地司令官で、この式典の主賓であるピーター・J・タレリ少将は言及した。
海兵隊消防が水難救助訓練を実施
【沖縄県カデナマリーナ】 11月9日、在日海兵隊基地消防・救急サービスがカデナマリーナで水難救助訓練を実施した。この訓練の目的は、消防士たちが海で遭難者を救助する適切なテクニックを知っているか確かめるためで、それぞれの救助テクニックを練習し、披露する機会が与えられた。
披露されたテクニックには、「ドーシードー・ キャリー」という遭難者の背中を片手で水上に持ち上げてて運ぶ方法や、「チン・キャリー」という遭難者の下に重なり片手で遭難者の顔を水面に上げながら背 泳しながら運ぶ方法、救助ボードを使った救助、救命ボートを使った救助などが含まれた。
「水難事故に遭遇する人たちがいて、救助を必要としているので、私たちはこの訓練を実施しているんです」と在日海兵隊消防・緊急サービスの消防士長兼水難救助チームリーダーの呉屋昌巳さんは語った。この訓練は、溺れる可能性がある人を救助するために不可欠だと呉屋さんは言い添えた。
戦没した海兵隊員にちなんで会議室を命名
【キャンプ・ハンセン】 11月10日、第3海兵遠征軍第3海兵師団第7通信大隊指揮官のカルロス・アーバイナ中佐は部下の海兵隊員たちの前に立ち、彼等の戦没した仲間の一人であるマイケル・ジョンソン中尉にちなんで、ケリーホールにある会議室を命名した。
「海兵隊の設立235周年の朝に戦没した英雄、マイク・ジョンソン中尉を追悼するのは、まさに相応しいことです。これは、私たちの英雄の生涯と彼の業績が決して忘れられることがないようにする小さなステップにすぎません」とアーバイナ中佐は言及した。
通信担当官だったジョンソン中尉は、アフガニスタン兵士のアドバイザー兼助言者としてアフガニスタン国軍部隊同行チーム2-8、第1カンダック、第2旅団、第201部隊に同行し、自身の行なった行為に対して戦闘殊勲章付の青銅星章を受章した。
海兵遠征部隊が都市型地形での軍事活動を実施
【シンガポール】 11月6日、第3海兵遠征軍第31海兵遠征部隊第7海兵隊第1大隊A中隊(増強)の海兵隊員たちが、シンガポール軍と共に都市型訓練演習を実施した。
シンガポール陸軍兵士と同陸軍の20名の先任上級曹長が海兵隊員たちを見学し、自分たちの経験を共有した。先任上級曹長たちの経験を合わせるとおよそ600年の合同軍務を行なっていて、共有する知識が豊富にある。
「交流を図り、私たちのこれまでの経験を分かち合う素晴らしい機会で、私たちの施設で海兵隊員が訓練するのは光栄です」とシンガポール陸軍のジョセフ・コア特級曹長は話した。海兵隊員たちはコミュニケーションや状況認識、個別行動、武力の高まりに関する様々なクラスを受けた後、実践に入った。
海兵隊員が名誉の帰国
【ミクロネシア】 11月3日、海兵隊バトラー基地本部役務大隊の隊員たちが、キモ・アブラハム伍長 の永眠の地から通りを挟んだ向かい側でゆっくりと所定位置に着き、軍葬の礼を執り行う準備をした。アブラハム伍長は、現役軍務中、寝ている時に亡くなっ た。アブラハム伍長は第1海兵遠征軍第1海兵師団第3軽装甲偵察大隊D中隊の歩兵だった。
指令が出ると、6人の棺側付き添い人がゆっくりと通りを渡って行進し、軍葬のために敷かれた緋色とゴールドのカーッペットを進み、午後に家族が最後のお別れを告げる前に、事前にアブラハム伍長(の遺体を)をそこに据えた。
軍葬の前日、棺側付き添い人や死傷者支援要請 担当官(CACO)、CACO補佐、アブラハム伍長の母親と妹は、アブラハム伍長が生まれ育ったミクロネシア連邦コスラエにある唯一の空港で飛行機を出迎 えた。何百人ものコスラエ人が空港のフェンス沿いに整列して、その便を出迎えた。アブラハム伍長が無事に航空機から降ろされ、彼の母の自宅と永眠の地に向 かう救急車に乗せられると、棺側付添い人やエスコート、そしてアブラハム伍長のはとこにあたるクラウド・フィリップ上等兵らがライフル分隊と会って、アブ ラハム伍長の母の自宅前で所定位置へと移動した。














